大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成9年(オ)2117号 判決 1998年3月24日

上告人

佐藤ちよ

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

大野藤一

被上告人

佐藤隆

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

藤田紀子

犬飼健郎

主文

原判決中本訴事件に関する部分を破棄する。

前項の部分につき、本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

一  上告代理人大野藤一の上告理由について

1  本訴事件は、亡佐藤誠治の相続人であり遺留分権利者である上告人らが、誠治からその生前に土地の贈与を受けた被上告人らに対し、遺留分減殺請求権を行使した結果上告人らに帰属した右の土地の持分についての移転登記手続を求めるものであるところ、原審の確定した事実関係及びこれに基づく判断は、次のとおりである。

(一)  誠治は、昭和六二年八月二〇日に死亡した。誠治の相続人は、妻である上告人ちよ、子である同政子及び被上告人隆である。同恭子は同隆の配偶者であり、同峰成及び同繁久は同隆の子である。

(二)  誠治は、昭和五三年当時、第一審判決添付物件目録1ないし9記載の土地(以下、同目録記載の番号により「1の土地」などという。)を所有していたが、同年一〇月一六日に1、3及び6の土地を被上告人恭子、同峰成及び同繁久に、4の土地を同隆にそれぞれ贈与し、同五四年一月一六日に2及び5の土地を被上告人らに贈与した。

(三)  被上告人らに贈与された1ないし6の土地の右贈与の時点における価額と誠治所有の財産として残された7ないし9の土地の右時点における価額を相続税・贈与税の課税実務上の財産評価方法にのっとって比較すると、固定資産税倍率方式により算出され、贈与税申告の際にも用いられた1ないし6の土地の価額は合計一一七五万三〇四九円であり、路線価方式により算出された9の土地の価額は一三九七万二〇〇〇円(一平方メートル当たり一万四〇〇〇円)であるから、7及び8の土地の価額を算出するまでもなく、誠治所有の財産として残された7ないし9の土地の価額が被上告人らに贈与された1ないし6の土地の価額を上回るものということができる。そして、当時誠治の財産が減少するおそれもなかったから、右贈与が遺留分権利者である上告人らに損害を加えることを知ってされたとはいえない。

(四)  以上によれば、1ないし6の土地は遺留分減殺の対象とならないことが明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく本訴事件についての上告人らの請求は理由がない。

2  しかしながら、9の土地の相続税・贈与税の課税実務上の価額を路線価方式により一三九七万二〇〇〇円(一平方メートル当たり一万四〇〇〇円)とした原審の事実認定は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

原審が、乙八三号証の一、二及び同八四号証の一ないし三により昭和五三年及び同五四年時点における9の土地に面する路線(不特定多数の者の通行の用に供されている道路又は水路)である道路の路線価が一平方メートル当たり一万四〇〇〇円であると認定し、これに同土地の登記簿上の地積である九九八平方メートルを乗じて、同土地の課税実務上の価額を一三九七万二〇〇〇円であると認定したことは、原判決の説示から明らかである。ところで、路線価とは、路線に接する宅地について評定された一平方メートル当たりの価額であって、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している路線ごとに設定されるものであり、また、路線価方式とは、宅地についての課税実務上の評価の方式であって、路線価を基として計算された金額をその宅地の価額とするものであり、特段の事情のない限り宅地でない土地の評価に用いることはできないものである。そうすると、前掲乙号証から9の土地に面する道路の路線価が一平方メートル当たり一万四〇〇〇円であると認定することができるとしても、9の土地の当時の現況が傾斜地を含む山林であることは鑑定の結果などから明白であるから、前掲乙号証から9の土地の相続税・贈与税の課税実務上の価額を一三九七万二〇〇〇円(一平方メートル当たり一万四〇〇〇円)と認定することはおよそできない筋合いである。この点において、原判決には証拠に基づかずに事実を認定した違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決のうち本訴事件に関する部分はすべて破棄を免れない。

二  さらに、職権をもって検討すると、民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与は、右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、民法一〇三〇条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当である。けだし、民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与は、すべて民法一〇四四条、九〇三条の規定により遺留分算定の基礎となる財産に含まれるところ、右贈与のうち民法一〇三〇条の定める要件を満たさないものが遺留分減殺の対象とならないとすると、遺留分を侵害された相続人が存在するにもかかわらず、減殺の対象となるべき遺贈、贈与がないために右の者が遺留分相当額を確保できないことが起こり得るが、このことは遺留分制度の趣旨を没却するものというべきであるからである。本件についてこれをみると、相続人である被上告人隆に対する4の土地並びに2及び5の土地に持分各四分の一の贈与は、格別の事情の主張立証もない本件においては、民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与に当たるものと推定されるところ、右各土地に対する減殺請求を認めることが被上告人に酷であるなどの特段の事情の存在を認定することなく、直ちに右各土地が遺留分減殺の対象にならないことが明らかであるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。よって、原判決のうち上告人らの被上告人隆に対する本訴事件に関する部分は、この点からも破棄を免れない。

二  以上に従い、原判決のうち本訴事件に関する部分については、更に審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すこととする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣)

上告代理人大野藤一の上告理由

一 控訴審判断の誤り

控訴審は、第一審判決添付別紙物件目録記載の1ないし6の土地(以下、贈与を受けた土地という)と9の土地(以下、八幡の土地という)との評価額を算出し、「前者が約金一一七五万円、後者が約金一四〇〇万円であるから、贈与の当時誠治は贈与の価額を上回る価額の土地を含む財産を有していたことが明らかであるから、右贈与は遺留分権利者に損害を加えることを知って行われたものであるということはできない」と判示している。

しかし、右判断は、基本的な証拠を読み誤った結果その評価を誤ったことによって、証拠に基づかない理由不備の判断となっており、ひいて、民法第一〇三〇条にいう「遺留分権利者に損害を加えることを知って」の解釈を誤った結果なされたものであるから、判決の結果に重大な影響を及ぼす法令解釈の誤りに基づくものである。従って、控訴審判決は破棄を免れない。

以下理由を述べる。

二 八幡の土地の評価

1 まず、控訴審判決が比較している贈与を受けた土地と八幡の土地の評価につき述べる。乙第七五ないし七九号証及び不動産鑑定評価により、右各土地の贈与当時の価額と相続開始時の価額を比較し、その増加率を算出すると次のようになる。

二本松一

贈与当時約金四〇〇万円 相続開始時約金三二〇〇万円

約八倍

二本松二

贈与当時約金六〇〇万円 相続開始時約金三四六〇万円

約5.7倍

二本松三―一

贈与当時約金三六万五〇〇〇円 相続開始時約金三二六〇万円

約八九倍

二本松二四―七

贈与当時約金四〇万円 相続開始時約金二四四〇万円

約六一倍

二本松二五―一

贈与当時約金二一万八〇〇〇円 相続開始時約金三七三〇万円

約一七一倍

清水端四―二

贈与当時約金二万円 相続開始時約金六八万六〇〇〇円

約三倍

一方、控訴審判決は、昭和五三・五四年当時の八幡の土地を金一万四〇〇〇円/m2として、九九八平方メートルだから金一三九七万二〇〇〇円としている。しかし、鑑定評価書によれば、相続開始時の八幡の土地の評価額は約金一三三〇万円であり、約0.95倍に落ち込んでいる。右から明らかなように、贈与を受けた土地の単価及び評価額との乖離が余りにも大きいことは一目瞭然である。

2 控訴審がこの乖離の大きさに着目しさえすれば、八幡の土地の評価額算出に問題があるということに直ちに気付いたはずである。しかるに、控訴審は、現地の状況を全く知らないまま(少なくとも第一審では、現地を見分する機会があった)、机上で算出した八幡の土地の評価に満足してしまったのである。また、相続開始時の評価額が約金一三三〇万円と0.95倍に減少していることに何の疑問も抱かなかったのである。

3 控訴審が右のような基本的事実を看過したのは、まさに、不動産鑑定評価書を無視し、証拠を誤って評価し、八幡の土地の実情を全く知らなかったからに外ならない。

即ち、控訴審は、乙第八三及び八四号証をもとに八幡の土地の路線価を金一万四〇〇〇円/m2とした。しかし、右書証の示す路線価は、国道四八号線に面した平坦な土地の路線価である。八幡の土地とは地勢・条件が全く異なっている。当然のことながら換価価値に大きな相違がでてくることは容易に推測できる。

一方、八幡の土地は、不動産鑑定評価書に記載のあるとおり、「国道四八号線西側背後の『丘陵地』上に位置し、『山林地域』であって、標高一〇〇メートル内外の丘陵上の住宅地域に隣接して広がる宅地見込地地域であるが、街路の整備状態及び『急傾斜を含む地勢』等から、まとまった開発はやや困難な地域と認められ、幅員三〜四メートルの『急傾斜』の舗装道路があり、東方『約一五〇〜三〇〇メートル先』で国道四八号線と接続する。地勢・周辺街路の状態から宅地造成はやや困難であり、『造成費用も大』と認められる。」という土地である。しかも、右鑑定は平成四年四月に行われたが、その時点においても、右のように宅地造成は困難な土地だったのである。だからこそ、贈与を受けた土地の評価額合計が、相続開始時である昭和六二年八月現在において約金一億六二〇〇万円(鑑定時である平成四年四月現在においては約金二億八七〇〇万円)にもなっているにもかかわらず、八幡の土地は、控訴審のいう昭和五四年当時の約金一四〇〇万円よりも評価額が低い約金一三〇〇万円(鑑定時では約金二二六〇万円)にしかなっていないのである。

4 右のような地勢・条件の八幡の土地を昭和五四年当時は約一四〇〇万円の土地であると評価するなどとんでもない誤りである。何故右のような重大な誤謬が生じたかといえば、控訴審が、土地の地勢・利用可能性・交換価値が全く異なる別の土地の路線価をもって八幡の土地の価額を算出しているからである。枢要な証拠を誤読した結果に外ならない。

控訴審は、「贈与を受けた土地が約金一一七五万円、八幡の土地が約金一四〇〇万円であるから、贈与の当時誠治は贈与の価額を上回る価額の土地を含む財産を有していたことが明らかである」と判示しているが、その前提となった証拠の評価が右に述べたように誤っているのであるから、結論が誤るのは当然である。右結論の誤りは、判決内容を覆す重大な誤りであることは明らかである。

また、控訴審が、贈与を受けた土地と八幡の土地との昭和五四年当時の評価が重要な事実であるとするなら、改めて不動産評価をしなければならないはずである。それをしないで、判示したことは、理由不備と言わなければならない。

三 法令解釈の誤り

民法第一〇三〇条にいう「遺留分権利者に損害を加えることを知って」というのは、遺留分に食い込むかもしれないことを認識していること、言い換えれば客観的に遺留分権利者に損害を加えるという事実関係を知っていることで足り、遺留分権利者に損害を加える目的・意欲があったことまでは必要ないと言われている。しかし、控訴審は、前項で述べたとおり、贈与を受けた土地の評価と相続財産の評価を全く誤っているのであるから、右法令の適用・解釈を誤っていることは明らかである。贈与後の土地評価の変遷を考慮し、贈与があった昭和五三年当時誠治は六七歳(明治四四年一一月二一日生)であって財産増加の見込みはなかったことを考慮すると、贈与当時「遺留分権利者に損害を加えることを知って」いたと言わなければならない。

四 まとめ

控訴審の判断は、基本的な証拠を読み誤った結果その評価を誤ったことによって、証拠に基づかない理由不備の判断となっており、ひいて、民法第一〇三〇条にいう「遺留分権利者に損害を加えることを知って」の解釈を誤った結果なされたものであるから、判決の結果に重大な影響を及ぼす法令解釈の誤りがあることは明らかである。控訴審が破棄され改めて適切な判決がなされなければ著しく正義に反する。

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